富士山 富士五湖エリア

JoyFuL No.032

心の唄は、富士山の“気”を求めて

金澤 中さん
プロフィール

富士河口湖町船津
金澤 なかさん(39)
埼玉県三芳町より移住

「僕には2つのふるさとがあります。生まれ育ったふるさと京都の町と、
心のふるさと富士山の町です」。どちらも昔から日本人の心の中に
独特な感性や叙情を醸しださせる特別な場所。
金澤さんは、そういう思いを唄に託して人々に届けることが悲願だと言います。

 金澤さんは、情緒豊かな京都の生まれです。小学生の時に耳にしたギターの弾き語りに魅せられて以来、天職はシンガーソングライターであると自負しています。力試しに22歳で上京。埼玉に移り15年過ごし、吉幾三さん、さだまさしさんなど多くの尊敬する音楽の先輩たちに学びながら唄の道を模索。そんな金澤さんを心機一転、河口湖に移住させたのは、偉大なる富士の力でした。「東京でも埼玉でも富士山を見たことがありました。でも、河口湖からの富士山は圧倒的な存在感でした」。特に関西出身の金澤さんにとって、日本の象徴の富士山は神との出会いのような衝撃だったそうです。 
 移住先の富士河口湖町船津は、とても便利な所。大型スーパーやコンビニ、病院など日々の暮らしに欠かせないものが充実しています。駅まで徒歩15分。車はおろかバイクや自転車も持たない金澤さんも全く不便を感じません。
 金澤さんの小さいお城の実現には、忍野村の親切な工務店さんの助力があったそうです。「玄関前は大きく開けた草地。デッキでギターをつま弾きながら唄えます。家の奥の間から見える富士山はほぼ全景。どーんとそびえ立っています」。毎朝毎夕、見守ってくれる富士に向かって手を合わせるのが日課です。
 雄大な富士の気を体感しながら、心のふるさと富士山三部作を渾身の思いを込めて創りました。タイトルは、『富士山〜失われる日本の心を求めて〜』『忍野八海』『湖畔のセレナーデ〜富士河口湖町に寄せて〜』。生まれ故郷の京都への懐旧の念も唄に託しました。『京都の町よ〜我が故郷へ熱きこの思い〜』。機会あるごとにライブで披露しています。めざす音楽は、年齢を問わない大人の音楽“エイジ・フリー・ミュージック”です。

富士山の麓から生まれる縁(えにし)を大切に

 金澤さんの唄の叙情的な歌詞と伸びやかな声。美声の保護のために、マスクで顔半分を覆って外出し、お酒はたまに飲むこともありますが、煙草は絶対に吸いません。休日は曲作り。ふらっと散策に出て、河口湖畔や、時には富士吉田まで歩いていくことも。厳しい寒さも穏やかな日光も富士の霊気を通してインスピレーションを与えてくれます。
 趣味はプロレス観戦。藤波辰爾選手や木村健悟選手(引退)の大ファンで、小学生の頃にはタイガーマスクにファンレターを出し、返事をもらって大感激。プロレスからも山梨という地に縁を感じたそうです。「山梨にもジャンボ鶴田さんや武藤敬司さんなど有名なプロレスラーがいるでしょう」。
 これまでも移転するたびに生活や音楽を通してさまざまな人たちと会いました。日本人独特の感性を歌い上げようとする姿勢は、これまで出会ってきた先輩フォークシンガーの大きな影響を受けています。
 「同じ志や方向性を持っている人は、人生途上で出会うようになっているんですよ。なによりも人との縁を大切にしたいです」。富士のお膝元に住む人々は、風景の素朴さと純粋さを体現していると感じる日々だそうです。富士山の麓からどんな縁(えにし)が生まれるでしょう。また新しい心の唄ができそうです。

(2013年5月取材)

河口湖から富士山と対面した時、“神にあったような衝撃が走った”そうです。

河口湖から富士山と対面した時、“神にあったような衝撃が走った”そうです。

 

冬の厳しい冷気も富士の霊気。心の唄に冴えを与えてくれます。

冬の厳しい冷気も富士の霊気。心の唄に冴えを与えてくれます。

 

忍野村の工務店さんのご好意で実現した小さなお城。目に入る富士山はほぼ全景でそびえ立っています。

忍野村の工務店さんのご好意で実現した小さなお城。目に入る富士山はほぼ全景でそびえ立っています。

 

めざす音楽は、年齢を問わない大人の音楽“エイジ・フリー・ミュージック”。

めざす音楽は、年齢を問わない大人の音楽“エイジ・フリー・ミュージック”です。