富士山 富士五湖エリア

JoyFuL No.043

山中湖村に根差す未来型図書館の館長

丸山高弘さん
プロフィール

山中湖村山中
丸山高弘さん(52) 
埼玉県皆野町より移住

自分が生まれたふるさとは自分で決められないけど、移住は自分がふるさとを決めることができると、移住して気付きました。

 美しい山中湖が眼前に開ける山中湖情報創造館。館長の丸山さんは、埼玉県から1987年に山梨県北杜市に移住し、10年前に現在の山中湖村に移りました。そのきっかけは、丸山さんが立ち上げに参画した『NPO法人地域資料デジタル化研究会』の実績が評価されて、山中湖村教育委員会から『山中湖情報創造館』の指定管理者として任命されたこと。公の図書館を民間が管理する画期的なシステムの先駆けです。北杜市在住時、丸山さんは、インターネット事業で『八ヶ岳情報文化研究所』を主宰し、「まちの目次」や「地域の索引」づくりをテーマとしたウェブサイト制作や『多種類情報相互参照システム』のデータベースの構造を考案し、その後、『NPO法人地域資料デジタル化研究会』の設立に参画しました。
 「理想は、既成の概念を超えた未来の図書館づくりです。メディアセンターとして、知識や情報を『保存』するだけでなく『創造』し、『発信』していきたいです。山中湖村の『知』の拠点を目指しています。」と熱く語ります。
 丸山さんの山梨との初めての出会いは、陸上自衛隊退官後20歳の時の清里でのペンションのアルバイトだったそうです。その後、建築デザインの学校に在籍しましたが、清里には何度も訪れていたそうです。ある日、清里の仲間から木工製作集団に誘われて1987年に北杜市に移住。それから山梨での生活が始まりました。「僕はコンピュータが専門なので木工をやったわけではありませんが、仲間たちの中で場所を借り、清里に住みながらも東京の建築会社の仕事をパソコン通信を使って行っていました。そんな時、東京のソフト会社に提案していたソフトが認められて社員として採用されたのですが、会社は東京の初台だったので、そのころバブルだったこともあって、仕事は初台、週末は北杜と二地域居住生活をしていました。でも拠点は山梨だと考えていましたよ」。「その頃読んだ本でアルビン・トフラーの『第三の波』の中の、『電気と通信回線さえあればどこでも仕事ができる』という内容に感銘を受けて、自分なりに実現したいなと思うようになりました。ちょうどタイミングを見計らっていたこともあって、完全に山梨に移住しました」。その後、北杜市で数回引っ越しを重ね、山中湖情報創造館の現場責任者として、この山中湖村に移住をされたそうです。

移住疲れには気を付けて。
夢みたスタイルにこだわらず、
日常生活をしていくことが大切です。

 移住を考えている方にアドバイスは?と聞くと、「移住疲れには気を付けて」と教えてくれました。雑誌やテレビで見たイメージをそのままもってきて、そのスタイルにこだわろうとすると疲れてしまうと言います。「食にしても生活、趣味にしても、今までの経験がないからです。それを日常に出来るかどうか。無理をしているとだんだん疲れてしまいますよ。」と教えて下さいました。また、「まわりの人と知り合うコツは、クラフト市をのぞいたり、趣味のものを出品したり、温泉つながりや野菜直売所つながりなんかもいいと思います。まず顔見知りになることです。」とアドバイスをいただきました。
 山中湖の風景の特徴は、湖から見ると人が住んでいるところが見えるのはごくわずか。いったん森をクッションにして、人が住んでいる状態を作っているからなのだそうです。山中湖の神秘的で自然に囲まれた風景に、人が暮らしているという素敵な環境が納得できます。「ふるさとって、親がそこにいて自分が生まれたところだから、自分では決められないですが、移住は自分でふるさとを決めることができるんですよ。移住してから気づきました。」とご自身のいくつもの移住経験から教えて下さいました。

(2013年7月取材)

美しい緑の中に山中湖情報創造館は建っています。

美しい緑の中に山中湖情報創造館は建っています。

 

図書館の天井を巡る見事な木の梁。

図書館の天井を巡る見事な木の梁。

 

富士山の世界遺産登録を祝って、専用コーナーを設けました。

富士山の世界遺産登録を祝って、専用コーナーを設けました。

 

マルチメディアを駆使して、魅力的なイベントを企画します。

マルチメディアを駆使して、魅力的なイベントを企画します。

 

図書館に隣接する山中尋常高等小学校。

図書館に隣接する山中尋常高等小学校。

 

美しい富士山と山中湖。木々の奥に人々の生活があります。

美しい富士山と山中湖。木々の奥に人々の生活があります。